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【アラベスク】  第8章 荊の城



第3節 窮鼠、鶴を噛む [12]




 死に物狂いとはこのことを言うのか。腕に痣ができるのではないかと思われるほどの力。
 美鶴は呻きたいのを必死にこらえる。その間にも近づく足音。
「離してよっ」
 だがその言葉に、緩の視線は鋭さを増す。
 離すものかっ!
 逆に力は増すばかり。
 このままでは、小童谷や瑠駆真に見つかってしまう。この状況を、瑠駆真にどう説明すればよいのか。
 脳裏に蘇る、我を見失った彼。

 僕の事も、名前で呼んで―――

 聡にルークと呼ばれ、軽くからかわれていた時期があった。美鶴は聡を名前で呼び、だがその頃、瑠駆真の事はまだ名字で呼んでいた。
 僕の事も、名前で呼んで。
 たったそれだけの事なのに、彼はあれほど豹変した。
 くまちゃんと呼ばれてからかわれていた瑠駆真。彼にとって、名前とは一種のトラウマか? ならばルークと呼んだ聡に異常なほど反発したのも頷ける。
 今ここで瑠駆真に見つかったら、また彼はあの時のように我を見失うかもしれない。
 先ほどまでの小童谷陽翔との会話。瑠駆真はもうすでにある程度、激情を胸の内に(たぎ)らせている。
 ここで彼と鉢合わせたら、私はまた何かのトラブルにでも巻き込まれてしまうのだろうか?

 自分の首を絞めた数学教師。
 放火で家を失った外国人。
 澤村に頭を突っ込まれた時の、水槽の生臭さが鼻の辺りを一瞬漂う。

 ――――― もうあんなのは御免だ。

 瑠駆真の過去などどうでもいい。もう揉め事はたくさんだっ!
 だから美鶴はありったけの力を振り絞り、緩もろとも腕を振り回した。
 ドォッ!
 さすがに無視できない音。
 後頭部を激しく校舎に打ちつけ、緩は目の前が真っ暗になる。
 やばっ
 思わず硬直してしまった美鶴の背後から
「何やってんだ?」
 サイアクだっ!
 ギュッと瞳を閉じるのは美鶴。一方緩は、頭がフラつき、そのまま校舎に凭れて座り込む。それでも必死に目を開く。
 その瞳に飛び込んできた、甘く冷たい奥二重の瞳。
「何やってんだ?」
 訝しる瞳が、緩を貫く。

 お前、何やってる?

 冷たく激しく、緩を責める。
 手出しはするなと言っただろ?
 違う
 お前、俺の邪魔をするのか?
 違う
 俺の計画を台無しにするのか?
 違うっ!
 緩を追い詰める、小童谷の視線。今の緩には、すべてが面責。
 違うっ! 違うっ! 私は邪魔なんかするつもりはなかったっ! 私はただ大迫美鶴をなんとかしたくて………
 そうだっ 大迫美鶴。彼女をなんとかしなくては―――

(わたくし)を、バカにしているの?」


 なんとか、なんとか……… 私がなんとかしなくてはっ!


「きっ…… きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 なっ なんだぁ?
 鼓膜を破られるのではないかと恐怖するほどの叫び声。緩の奇声に、美鶴は唖然と身を震わせた。







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