死に物狂いとはこのことを言うのか。腕に痣ができるのではないかと思われるほどの力。
美鶴は呻きたいのを必死にこらえる。その間にも近づく足音。
「離してよっ」
だがその言葉に、緩の視線は鋭さを増す。
離すものかっ!
逆に力は増すばかり。
このままでは、小童谷や瑠駆真に見つかってしまう。この状況を、瑠駆真にどう説明すればよいのか。
脳裏に蘇る、我を見失った彼。
僕の事も、名前で呼んで―――
聡にルークと呼ばれ、軽くからかわれていた時期があった。美鶴は聡を名前で呼び、だがその頃、瑠駆真の事はまだ名字で呼んでいた。
僕の事も、名前で呼んで。
たったそれだけの事なのに、彼はあれほど豹変した。
くまちゃんと呼ばれてからかわれていた瑠駆真。彼にとって、名前とは一種のトラウマか? ならばルークと呼んだ聡に異常なほど反発したのも頷ける。
今ここで瑠駆真に見つかったら、また彼はあの時のように我を見失うかもしれない。
先ほどまでの小童谷陽翔との会話。瑠駆真はもうすでにある程度、激情を胸の内に滾らせている。
ここで彼と鉢合わせたら、私はまた何かのトラブルにでも巻き込まれてしまうのだろうか?
自分の首を絞めた数学教師。
放火で家を失った外国人。
澤村に頭を突っ込まれた時の、水槽の生臭さが鼻の辺りを一瞬漂う。
――――― もうあんなのは御免だ。
瑠駆真の過去などどうでもいい。もう揉め事はたくさんだっ!
だから美鶴はありったけの力を振り絞り、緩もろとも腕を振り回した。
ドォッ!
さすがに無視できない音。
後頭部を激しく校舎に打ちつけ、緩は目の前が真っ暗になる。
やばっ
思わず硬直してしまった美鶴の背後から
「何やってんだ?」
サイアクだっ!
ギュッと瞳を閉じるのは美鶴。一方緩は、頭がフラつき、そのまま校舎に凭れて座り込む。それでも必死に目を開く。
その瞳に飛び込んできた、甘く冷たい奥二重の瞳。
「何やってんだ?」
訝しる瞳が、緩を貫く。
お前、何やってる?
冷たく激しく、緩を責める。
手出しはするなと言っただろ?
違う
お前、俺の邪魔をするのか?
違う
俺の計画を台無しにするのか?
違うっ!
緩を追い詰める、小童谷の視線。今の緩には、すべてが面責。
違うっ! 違うっ! 私は邪魔なんかするつもりはなかったっ! 私はただ大迫美鶴をなんとかしたくて………
そうだっ 大迫美鶴。彼女をなんとかしなくては―――
「私を、バカにしているの?」
なんとか、なんとか……… 私がなんとかしなくてはっ!
「きっ…… きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
なっ なんだぁ?
鼓膜を破られるのではないかと恐怖するほどの叫び声。緩の奇声に、美鶴は唖然と身を震わせた。
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